それは木枯らしの吹く、寒い師走の晩の事でした。　私は戸塚で日本そば屋を経営しているのですが、お客さんも居なくなった２１時前、店を閉めようとしていた時でした。３人の娘さんを連れた母親が入って来たのです。 私はその４人の事を覚えています。確か丁度１年前、父親を加えた５人でたった一杯のかけそばを注文したあの親子です。でもお父さんはどうしたのでしょうか？ 　「すいません、鍋焼きうどん４人前」 　「はい、ありがとうございます。」 　調理を始めながら、一人少ない、父親の事が気掛かりでした。まさか自殺したのでは...... 　「へいお待ちどうさま。」 　四つの鍋焼きを届けると、三姉妹は我先に食べはじめました。一年前のあの事が嘘のようです。四人は食べ終わっても暫く席に留まっていました。するとあの見覚えのある父親が、店に入って来ました。 　「ごめん、新幹線が遅れたんだ...。すいません、かけそば追加」 　「へい、かけそば...ですね。」 　皆が鍋焼きなのに何故？と思いつつ、かけそばを作りはじめました。何故か父と娘の会話が少ないのも気掛かりです。 　「あゆみ元気にしてたか？」 　一番下の子は答えません。父親の顔に翳りが感じられます。 　「あなた、心配しないで。あゆみだけでなく三人とも元気でしたよ。そんな事より あなた、一人暮らしは大変じゃない？」 　「いや、独身生活を謳歌させてもらっているよ。」 　「パパ、お土産はないの？」 　「なつみ申し訳ない、買ってる時間がなかったんだ。」 　私は出来上がったかけそばを届けました。ちょうどその時一番下の女の子が、 　「ママ、いつも来る若い方のパパはお土産くれるのに、どうしてこっちのパパは何もくれないの？」 　その瞬間父親の顔から血の気がなくなりました。この先の事は父親の名誉のためにもここでは触れない事とします。険悪なムードで店を出たこの家族に幸いあれと祈るばかりです。 　　　　　　　　　　　　　　　made by ozawa 注: この著作はフィクションであり、実在の会社・人物とは一切関係がありません。また、作者の許可なく転載を禁じます。